第16回 「五段砧」の調絃を考える

お稽古が進んでいくとおさらいする古典曲も複雑なものになっていきます。「名取」や「師範」という資格を受ける流派でお稽古をなさっている方なら「五段砧」や「八重衣」などは必ず身に付けなくてはならないでしょう。


「八重衣」は石川勾当が三味線の地歌として作曲した音楽で、八重崎検校がお箏で演奏するパートを作りました。このような場合は「作曲」とは言わずに「箏手付け(ことてつけ)」と呼ぶのが習わしです。


今回注目するのは「五段砧」です。お聞きになったことがない方はぜひこちらの演奏をご鑑賞ください。恩師、二世野坂操壽先生の演奏です。


https://youtu.be/-hzGXvUYfz8


「五段砧」は光崎検校による作品です。江戸時代が残り50年ほどになった頃の作品だと考えられます。古典箏曲には三味線とお箏の合奏によるものが多くあります。しかし、実はこれらの曲は「八重衣」と同様に「三味線」の「地歌」が先に作られ、別の作者が「箏手付け」をしたのです。単独の作曲者が「三味線」と「お箏」の両パートを作曲したのは光崎検校が初めてと考えられています。


光崎検校にはもうひとつ「初めて」があります。


「五段砧」はお箏の二重奏で作曲されていますが、一方を「箏高音」、もう一方は「箏低音」と呼びます。流派によっては「箏低音」を「本手」、「箏高音」を「替手(かえで)」と呼ぶ場合もあります。つまり、合奏する二面のお箏は同じ調絃ではなく、音域の違う「高調子」と「低調子」に調絃されるのです。この「高音」と「低音」によるお箏の二重奏を作曲したのも光崎検校が初めてだと考えられています。


江戸時代後半にはお箏の音楽をさまざまに「楽譜」に記して残し伝える工夫が見られます。お箏の音楽はそもそも盲人音楽家だけが職業とすることを許されたものでしたから「楽譜」は無くて当たり前だったのです。しかし、光崎検校は楽譜を残すことにも熱心だったようです。「五段砧」の楽譜も残されていたそうですが、戦争により焼失したと言われています。光崎検校のオリジナル楽譜が現存していたら、今では流派ごとに微妙な違いがある「五段砧」の楽譜と比較検討してみると興味深い発見があったことでしょう。


それでは「五段砧」の調絃を調べてみましょう。


まず、使われることが多い「五段砧」の楽譜を3種類比べてみます。


1.大日本家庭音楽会(高音と低音が併記されている)
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この楽譜では基準となる音の高さがどこにも記載れていません。高低の音組織について知らなければ調絃できません。 

2.宮城譜(邦楽社発行 生田流箏曲選集第3編) 
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こちらは高低それぞれ別の楽譜として収録されています。音の高さの指示はありません。


3.正派公刊楽譜 
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高低併記です。高音の「一」と低音の「三」が1尺8寸管尺八の「ロ」であることがわかります。尺八だけが実際の音の高さを表しています。尺八の音についての知識がないと基準音がわかりません。



<五段砧・音域の高い方の調絃>


このパートの名称:「雲井五段砧」「五段砧・高」「五段砧・箏高音」「五段砧・替手」


調絃方法の記載:「本雲井調子」


陰旋法の宮音:二=七=為=G=双調(一=五=Dの平調子をもとに調絃することができる)


前回まとめたように「(本)雲井調子」は「二(七)」からの陰旋法になります。

5_kumoi
 
(注)「本雲井調子」の時は「巾」も「変商」となり、「八」の1オクターブ高い音を調絃します。


実際の音を聞いてください。
 



<五段砧・音域の低い方の調絃>


このパートの名称:「五段砧」「五段砧・低」「五段砧・箏低音」「五段砧・本手」


調絃方法の記載:「平調子」


陰旋法の宮音:五=十=G=双調

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(注)この「平調子」を調絃するためには「二」を「C=神仙」まで下げなくてはなりません。お箏の糸をきつく締めてある時は三段小柱(特殊な箏柱)を使わなくてはならないかもしれません。その場合は「四」の押手がほとんど不可能になります。正式な演奏会などでは「二=C=神仙」が普通の箏柱(大柱=おおじ)で調絃できるように糸締をした楽器を使います。


それでは高低二つの調絃をひとつの表にまとめてみます。
 

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一目瞭然です。「五段砧」は「G=双調」を「宮音」にした「陰旋法」で演奏されているのです。


音の高さのところだけ並べてみましょう。

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(注)高音・低音とも「一」絃は「五」と同音になります。低音では「一」と「二」の掻き手(シャン)が「C」と「G」の完全五度(Gの方が高い音になっています)、高音では「G」と「D」の完全五度(Dの方が高い音になっています)の響きになります。


「五段砧」は「高音」である「雲井五段砧」を先におさらいをすることが多いようです。先生はまず生徒と同じ「本雲井調子」に調絃して相対稽古で一緒に弾いてくださるでしょう。そして、合奏に入るときにはあっという間に先生の楽器を「低音」に調絃し直してしまいます。まず「二」の箏柱を左方向に移動して音を下げます。そして「四」の1オクターブ低い音に合わせます。同様に「三」は「五」と、「四」は「六」と、「五」は「七」と、「六」は「八」と、それぞれ1オクターブ低い音に合わせます。「二」から「六」までが「高音」のお箏と同じ音になりましたから、あとは順に合わせ爪で「七」より高い音を調絃していきます。最後に「一」を「五」と同音に合わせて完成です。そして、すぐに合奏(合わせ)が始まるのです。


高調子の調絃から低調子を作る実際の様子を見てみましょう。
 



または別の方法で低調子を作ってしまう先生もいらっしゃいます。まず「二」「三」「四」の箏柱を楽器の左方向に動かしてしまい「五」の箏柱が動けるスペースを作ります。そして生徒の「高調子」から「二」の音を出してもらい、それを「低調子」の「五」に同音で合わせます。次に「高調子」の「三」を「六」に合わせます。ここから先は二通りの方法に分かれます。「五」から「九」まで順に「高調子」の音に合わせる場合と、「高調子」の音に合わせた「五」と「六」をもとに残りの音すべてを調絃する場合の二つの方法があります。


(注)「宮音」になる「五=G=双調」のほかに、なぜ「六」を合わせるのかは「初めての楽典」では触れません。「箏楽舎編 お箏の調絃 音律についての考察」をお読みください。ただし、こちらは73ページ、数学も出てくるかなり専門的な内容になります。


お箏の調絃 音律についての考察.pdf


どの方法であっても「五段砧」の「低調子」を作るには、「高調子」と同じ「陰旋法」を「宮音」の位置を変えて調絃すればよいことがわかりました。


次回は宮城道雄の「唐砧」で「高音=平調子」「低音=雲井調子」の場合を考えてみます。今回の検討方法と同じです。興味を持った方はぜひ事前に予習してみてください。「陰旋法」と「調絃」についての理解が深まるはずです。


次回は10/7の予定です。 


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